体験が人を作る。シミュレーション信仰をぶち壊せ!恐れず体験しろ。体験させろ。
体験が人を作る。子どもも大人も。
どうも、fkdです。
さて、今回は『体験が人を作る』という、大きめのテーマで話してみます。
下記の記事を見て書こうと思ったのでまずご紹介しますね。
「体験が人を育てる」は真実 わが子は席を譲れるか | 舞田敏彦のデータで読み解くDUALな疑問 | 日経DUAL
重要な部分をかい摘むと、
友達の多さ、勉強・体力への自信、自尊心とも、体験活動のレベルと直線的な相関関係にあります。
あと、ここ。
昨年に公示された新学習指導要領では、生きた「体験」による道徳教育が志向されています。(中略)、言わずもがな、「道徳性」「道徳的判断力」「道徳的心情」というのは、教科書の素読で身につくものではないのです。
当たり前っちゃ当たり前なのですが、かなり見落とされている視点でもあるのが『自分でやらなきゃ結局わからないのよ。』ということ。
子どもに何回も同じことで叱る。それは、子どもの聞き分けが悪いわけでも、叱り方がよくないわけでもない。体験が足りていないことが多いからなのです。口だけで注意しても、わかることはとても少ないですから。
上記のような子どもの話はなんとなくわかると思うのですが、これを大人の世界に当てはめてみても、同じことが言えます。前置き長くなりましたが、今回は、そこを話題に書きます。
体験に勝るシミュレーションはないのに、シミュレーション信仰が過ぎる。
会社で本当にド新規の施策をやる時、必ず求められるのが『シミュレーション』。これをやったら、どれくらい儲かるのかっていうことを予想するということ。
既存施策の延長ならまだしも、そんなことはわかるわけありません。わかったら神ですぞ。
それでいて、一生懸命出したシミュレーションよりもダメだったら『原因分析しろ』、結果が出たら出たで『甘く読みすぎ』と言われる始末。(うちの会社はそんなことはないですけどね。エクスキューズ。笑)
もちろん、無駄にやればいいと言っている訳では無いです。KPIに向けたしっかりした戦略、それに基づく実践プラン、効果検証の仕組みがなければ施策はやってはいけません。
しかし、シミュレーションというのは本来『実践した過去の結果』がなければただの机上の空論であることを、イマイチ理解していないような気がします。
シミュレーションをするためのトライアル(体験)を許容すべき。
会社のいくらかの費用は、このシミュレーションの精度をあげるためのトライアル、つまり簡易的な体験に費やすべきです。
その中で、本当に効果が出そうな施策に予算を投下すればいいのです。
なのに、シミュレーションを信じ過ぎてしまい、
- シミュレーションをむやみやたらに信じ、
- いきなり大規模に投資をし、
- 結果が出ずに追加予算を投じ、
- さらに火の車になる
なんてことがザラに起こっているのですから残念です。
新しくなくなってから試しても遅い。
新しい手法はどんどん試すべきです。ある程度結果が出てから乗ってからでは大抵レッドオーシャンになっています。しかし、そこの踏ん切りがシミュレーションに邪魔されてつかない。
- 担当は新しい施策をたくさん受け入れ、トライアルの必要を伝え、恐れず実施する。
- 上司はトライアルの費用は出資ではなく投資として捉え、許容する。
- そして、シミュレーションを実施し、良いものにアロケーションする。
これが、理想的な状況だと思うのです。
出来るかどうかわかりませんが、僕は来年度はよりトライアルを積極的に実施し、失敗も成功も一緒に連れて歩んで行こうと思っています。
それでは、んちゃ。