つまんないの対義語は、詰まる。それを知るだけで、詰まる。
つまらないって言葉に違和感を覚える年頃。
「詰まる」は、考えが行き詰まりまで行く、つまり「納得する」という意味で使われていた言葉。
その後、その対義語として「詰まらない」という言葉ができて、「納得できない→面白くない、価値が低い」と意味も変異していったよう。(まあ、諸説あるのだろうけど。)
しかしながら最近このつまらないという言葉が、まあ安易に使われるようになったなぁと思う次第。
今回は、そんな『つまらない』について書かせてもらうお。
詰まらないは、詰まるところまでやったり考えた後に使う言葉。
詰まらない。あえてこの先は漢字で書かせてもらう。
繰り返しになるが、「詰まらない」とは、納得出来ない、もしくは行き詰まる、もしくは決着しない状態を指す。
果たして僕達は、この詰まらないということばを、詰まるまで行動したり、考えた後に使っているのだろうか。
例えば、「仕事が詰まらない」。
本当に詰まるまで考えてみると、実は詰まらない仕事はそんなにないのではないかと思う。前にも書いたが、今やっている仕事には必ず価値があるし、その価値を上げるためにやることはいくらでもあると思うのだ。
例えば、「夫婦生活が詰まらない」。
奥さんや旦那さんのいいところを再確認したり、楽しもうとしたり、怒らないようにしたり、褒めたり、詰まるようにする工夫はしているのだろうか。
詰まらないと、言わない。
僕は子どもに、詰まらないという言葉をあまり使わないようにしている。
本当に詰まらない時は使うのだが、『自分から詰まらないと積極的に思ってしまう』ことが「勿体ない」と思うからだ。
本当は視点を変えれば、もしくはやり方を変えれば楽しいことなのに、「詰まらない」と決めつけた瞬間に本当に詰まらなくなるのだ。
詰まらないとすぐに言わないようにするだけで、『詰まらないこと』は驚くほど少なくなる。
そもそも、詰まらないことは、そんなに多くない。
ツラツラと書いてきたが、詰まらないことなんてそもそも多くないっつーことがいいてぇんだ。
詰まらなくしているのは、自分自身。
詰まるまで、考えてみよう。
詰まるまで、やってみよう。
あ、うんこは詰めたままにしてはいけないよ。
それでは、んちゃ。