FKDのWEBマーケティングをツラツラ(マケツラ)

FKDのWEBマーケティングをツラツラ(マケツラ)

WEBマーケティングについてツラツラと書いていきます。

『イクメン』という言葉を消そう。そしてもっと『育ママ』を尊敬しよう。

イクメン?それ、全員が普通そうあるべきなんじゃないの?

周りの方に、「イクメンだね~」と言われることがしばしばある。

しかし、僕は僕自身『イクメン』だとは思っていない。だって、特別なことをしていると思ってないし、やりたくてやってるから。

 

イクメンってのは、育児を一生懸命手伝ったり、支援している男を指すとする。

しかし、一生懸命育児をするのなんかは当たり前すぎる話。やらないやつを基準に作った『イクメン』なんて言葉に当てはめられるのは不本意だと思う時がある。

共働きなのに『育児を手伝う』という意識自体がおかしい。

もちろん、片方が専業主婦(主夫)で育児を中心的にしているのであれば、手伝うということになる。

しかし、共働きなのであれば、『二人で協力して育児をする』のは当たり前すぎる話

育児は手伝うのではなく、強弱はあれど2人とも子育てというプロジェクトのオーナーとして、主体的に行うべきことなのだ。

だから、子育て参加を積極的にする『イクメン』なんて概念は矛盾していると思う。

子育てに参加するのは積極的ではなく当たり前なのだから。

男性が専業で、女性が働いている家庭の育児の場合。

これは話題にすら上がっていないのだが、『専業主夫』の場合、働いている女性が『育児に全く関与しないケース』は稀有で、育児も主体的にやっているワーキングマザーの方が絶対多い。

しかしそんなワーキングマザー『育ママ』が褒められることはあまりない。

実際、育ママという言葉は、イクメンに比べまだまだ聞くことは少ない。Googleの検索ボリュームを比較すると、下記の通りだ。
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イクメンに比べ、育ママは100分の6に過ぎない。(ちなみにカタカナの『イクママ』はもっと少ない)

もちろん、元々男性が育児をする文化がなかったので仕方ない側面もあるだろう。ただ、育ママが認知されないのは、『女性は子育てするのが当たり前』だという前提があるからだ。

イクメンは、空虚な褒め言葉。育ママは、もっと尊敬されるべき存在。

結局、『育児をすると褒められる』なんていうのは、いま当たり前に出来ていないからに他ならない。

井の中の蛙というか、空虚な褒め言葉だなぁと思う。もちろん、褒めていただけるのは嬉しいことだが。

そして、イクメンを褒めるのであれば、ワーキングマザーで子育てをしている育ママはもっと褒められるべきだ。しかし、褒めるという発想にすらならない。

うちも所詮、やっぱり4:6で奥さんの負担が多いと思う。なので、奥さんには感謝している。

確かに、男性子育てはまだまだ発展途上。イクメンという言葉が消えるためには。

男性がまだまだ業務時間が長い現実はある。

僕の勤めている企業も、まだ男性が育休を取ることに否定的な風潮がそこはかとなくある。

しかしイクメンという言葉が産まれ、働き方改革が進み、少しずつ解決されているのは嬉しいことだ。

未来、イクメンという言葉を聞かなくなる時。それは、『男性の育児が当たり前になった時』なんだろう。

ただ、子育て・家族の時間は楽しい。

人生は一度しかない。そして子育てが出来るのは、ほんの僅かな時間だけだ。

子育てや家族の時間でしか得られないものは山ほどある。

  • 日々成長していく子どもの姿を沢山見られる幸せ。
  • 子育てや家族から得られる新たな視点や新たな感情や大事なもの。

僕のいとこのひろちゃんのように、小林麻央さんのように、子どもの成長を見たくても見れなくなってしまう、家族の愛を育むことができなくなる方もいるのだ。

だから、僕は子育てがしたい。家族の時間を楽しみたい。単純に、それだけだ。みんなも、この楽しさを積極的に味わえばいいのにと思う。

そうしたら、イクメンでありたいなんて、思うことすらなくなるのにな。

 

イクメンなんて必要ない、育ママはすごいよ、というお話でした。

最後に、小林麻央さんの件。

奥さんが同い年で常に状況を横から聞いていたのですが、残念です。子育てや家族について考えさせられる良い機会となりました。御冥福をお祈りいたします。

それでは、んちゃ。

僕は中央線。何をしても批判されて辛い件。

どうも。

僕の名前は『中央線』っていいます。あ、電車です。そこそこ有名なんですが、知ってますか?

その名の通り、東京のターミナル東京駅から、東京の西、そして山梨の方まで繋いでます。平日は通学通勤、休日はレジャーで毎日沢山の人に乗ってもらってます。

毎日いくら頑張っても…。

毎日、一生懸命頑張ってるのに、悩みがあります。僕って、何をしても批判されるのです。ちょっと聞いてくださいよ。

【ちょっとだけ遅れた時】

たくさん人が乗ってるので、荷物が挟まったり具合悪くなったりしやすいんですよ。

でも、2,3分遅れているだけですよ。しかも、2分くらい待てばすぐ来るのに怒られるんです。
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遅れるのは、お客さんに合わせて柔軟に走ってるからなのに。

みんな、そんなに急いでいるなら、五分早く起きて五分早く乗ればいいと思うのは、身勝手な意見なのでしょうか?

人のためにやっても怒られる。

他の路線が遅れたり止まって、その人たちのために僕が代わりに振替輸送をします。

東京を横断的、直線的に走っているので、よくほかの路線の振替輸送先になります。他の友達(電車)たちがトラブってるんですから、助けない手は無いです。

でも、そういうことをするとみんなが混雑してとにかく怒るんです。
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人助けなんて、するものじゃないんでしょうか。。

【遅れてないことに違和感を感じられる】

これに至っては全然意味がわかりませんが、遅れないと遅れていないことにすら文句を言われるのです。
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ほぼ7、8割は平常ダイヤルで走っているのに、遅れる時のイメージが強すぎるのでしょうか。理不尽です。

比べるものでもないかもしれないけど。

ニューヨークのメトロ。時間通りくることなんかないし、急に行き先が変わったりもします。

そもそも、インドなんて時間なんてない電車が大半です。扉すらない電車もあるんですから。

それらに比べたら、本当に優秀だと思いませんか?

いつもありがとう、と思えるのなら。

「いつも運んでくれてありがとう。」

そんな想いを持って乗ってくれている人はどれくらいいるのでしょうか。

日々忙しく、行き場のない怒りを、僕のような無機質なものにぶつける気持ちもわかります。でも、その怒りを『少しの余裕』に変えてみたらどうでしょうか。

  • 少し早く出る。
  • 遅れてたら、考える時間にする。
  • もしくは、本を読んだり、ゲームする時間にする。

そして、そもそも数分の遅れなど、気にもかけなければ、ストレスに感じることすらなくなるのです。はっきり言って、大したことではないのに、わざわざストレスを感じるようにしている気がしてなりません。

愚痴った風に聞こえているかもしれませんが、こうしたら、僕も、みなさんも、もう少し幸せになれるのにと思った次第です。

僕は中央線。日々、たくさんの人を運んでいます。

それでは、今日も発車します。

デジタルマーケティングとは。いったい、何?

よく『デジタルマーケティングってなに?』という質問されるので、まとめてみます。

手前味噌ですが、そこそこ10年くらいはデジタルマーケティングっぽいことをやってきて、転職先でも若干詳しいほうなのでよく『デジタルマーケティングについて教えてよ』という、ざっくりかつ難解な質問を頂きます。

それをスッと言えたら苦労しないんですが、今回はそこをあえて、ライトにサックリまとめてみようとするチャレンジ企画です。

どうぞどうぞどうぞどうぞどうぞ。

そもそもの「マーケティング」の問題。

まず、デジタルとか以前に、マーケティングってなんじゃろか、という前提の話からさせてください。

事業主側にいて正直ものすごくイマイチだと思うのが『プロダクトアウトが一番評価される』という文化。

マーケティングという言葉は顧客理解という文脈のみ。商品やサービス開発のみに注がれ、「ターゲットにあまねくリーチする」という考えがすっぽり抜け落ちているケースが多いです。

作るだけで満足。作ったものを届けることはしない。作ったものを顧客が使って喜んでくれて、はじめて価値が出るのに。。

そのため、プロモーションという観点でのマーケティングに関する予算がなく、

などの既存顧客しかいない、お金のかからないアプローチはやるものの、従来届けるべきターゲットに『お金をかけて一生懸命届ける』のかの観点がないケースが多いです。

例えばメールやサイネージなど、デジタルの媒体を使えばデジタルマーケティングをしている気分にはなれるかもしれません。しかし、それはただのデジタルな媒体であって、デジタルマーケティングではないですよほんまに。

繰り返しになりますが、そして当たり前なんですが、『まず、ターゲットに伝えたいメッセージを届ける』というマーケティングの要素の再認識・啓蒙自体が必要です。

本題。デジタルマーケティングとは。

さて、本題に移ります。

デジタルマーケティングを一言でいうと、『デジタルを接点としたターゲットへのアプローチや顧客理解』です。

前述の通りデジタルチャネルを使えばデジタルマーケティングであると括るのは間違ってます。

あくまで、ターゲットとのデジタルチャネルを通じた接点を見つけ出し、適切にコミュニケーションし、その効果を適切に測るということがデジタルマーケティングの肝なのです。

『測る』だけでも、『配信』だけでも、DMPの構築による『集計』だけでもなく、全てを「ターゲット」を中心にデジタルを複合的・有機的に組み合わせるのです。

四つほど、具体的な例を出してみます。

  1. テレビCM・交通広告の出稿タイミングで、ターゲットが触れそうなデジタルメディアに広告を配信したり、検索ボリュームの盛り上がりを調査する。
  2. イベント・PRと、ソーシャルとの連携を意識してコンテンツを制作しつつ、露出を強化する。バズる仕掛けをいれたりするとよい。
  3. Youtubeなどの動画広告やディスプレイ広告と、広告に触れたユーザーに対し、マス広告やメールやDMなどのチャネル全般で追従してブランド価値を高める。
  4. 電話番号を書いた特定ページでログを取得し、コールセンターログとWeb閲覧ログを組み合わせ出しわけやリターゲティング広告を配信する。

などなど。あえてリアルとデジタル両方が絡む施策を書きました。少しイメージが膨らんで来ましたでしょうか。

Webサイトはただの一接点

従来のWebマーケティングはWebサイトを起点としたマーケティングであり、そこが大きな違いです。

デジタルマーケティングでは別にWebサイトを経由する必要はなく、KPIを達成するためにはWebサイトは活用しなくてもいいわけです。

ただ、Webサイトは接点として明らかに使いやすいので、結果的にはほぼ各デジタルマーケティング施策では接点として出現します。ですので、デジタルマーケティングの基礎というか基盤として整備することはマストです。

#ちなみに、このブログがWebマーケティングをツラツラ、というタイトルを掲げているのは、僕がWebマーケティングが得意なのと、デジタルマーケティングについてはまだ勉強中だからです。後々、デジツラ、に変わるかもしれません。

少し体系立てて説明します。

よりわかりやすくするため、よくあるファネルで体系立てて考えてみます。

①認知~集客

前述の通り、マス広告をただ出稿するのではなく、デジタルを活用して相乗効果を生み出したり計測をすることが大事。もちろん、デジタル広告の場合も計測はマスト。

また、プロモーションにおいてはターゲットにアプローチするためにどのチャネルがいいのかオンライン、オフライン(イベント、店頭、紙など)関わらず見極め、単体で施策をねらずにターゲットに対し横断的にプロモーションする。

②集客~獲得

どのチャネルからの認知効率がよいのか、獲得効率がよいのか、獲得したあとのLTVはどの媒体がいいのか。

オンライン、オフラインのチャネルを複合的に考えて、直線的なアプローチをする。かつ、単純なCPCやCPAと言った効率だけを見るのではなく、認知数、獲得数の数の最大化のためのアロケーションを意識する。

③育成

顧客になったあと、ただメールやDMを送るだけでなく、オフラインとオンラインのログを活用したレコメンドなどOne to Oneの実践する。

またはオウンドメディア(コンテンツ)を通じて顧客接点を作り再来訪の頻度をあげたり、顧客のカスタマージャーニーを見極め必要に応じてオンライン、オフラインの接点で適切にアプローチ。ブランドラブ・NPSを高めていく。

 

といった感じで、それぞれのファネルのフェーズで有機的に絡みつくデジタルマーケティングは重要です。

デジタルマーケティングをどんどんやっていきましょう!

ツラツラ書きましたが、結局は商品やサービスを売るためにデジタルを活用しましょうというだけです。

そもそも、デジタルマーケティングを誤解していた方、よくわからなかったという方、この記事が少しでも参考になり、推進の目処が立つのであれば嬉しいです。

ちなみに、デジタルマーケティングについては諸説あり、僕の考え方なのでその点はご了承くださいませませませませ。

それでは、んちゃ。

『コーヒー豆は果物』って知ってますか。知らないあなたはコーヒーの旨さの2%しか知らないかもしれない。

コーヒー豆は果物!(※)

さて今回は、僕が愛してやまないコーヒーのことを少し熱苦しく書きます。

さて、いきなりぶっ込みますが、

みなさん、『コーヒー豆って果物』だって認識はありますか?

川島なお美さん談『ワインは血液』的な言い方してますが、まじでコーヒー豆って、果物なんですよ。果実。

※ちなみに、本当に正確にいうと果実でも野菜でもなくて「コーヒー豆」という分類らしいです。ただ、木になり、果実があり、とほぼ果実っぽいので、この記事では果物と言い切って話を進めます。

コーヒー豆 - Wikipedia

コーヒーの花と実|AGF

鮮度によって味は圧倒的に変わる。

コーヒー豆は果物だから、鮮度が落ちると味や香りは圧倒的に落ちるんです。でも、全然この認識がないんですよねーーーー。

りんごだってぶどうだって、腐ったら不味いし食べないのに、コーヒー豆は腐っても関係ない。

硬くて乾燥してるから、鮮度は考える必要がない。そんな認識なのでしょうか。

鮮度が高い豆から淹れるコーヒーと古い豆から淹れるコーヒーは、炊きたてのご飯と釜に入れっぱなしのカピカピのご飯、イチローニッチローくらい違います。

缶コーヒーが、コーヒーだと思われている文化がある。

缶コーヒーってみんなメチャ飲みますよね。

しかし缶コーヒーをなんの違和感も無く、きちんと淹れたコーヒーと比較することなく、『旨い』と飲み続けているというのは、少し勿体ないなぁと思います。

『僕はコーヒーがのめない』というマンガがあります。

作品詳細『僕はコーヒーがのめない』 | ビッグコミックスピリッツ公式サイト -スピネット-

主人公は外でコーヒーを飲まないのですが、理由は『自分やプロが淹れる以外の、街で飲むコーヒーが不味いから』という逆の理由。

そんな極端にコーヒー好きな主人公がコーヒーの世界を紹介するマンガです。

僕もこの主人公まではいかないですが、お金を出してまで美味しくないコーヒーを飲むのは嫌だと、同感する場面があります。

缶コーヒーは、大量生産かつ保存を効かせるのが大命題なので、味が上がってるとはいえ結構な量の香料も保存料も入っているのが現状です。

批判を覚悟で乱暴に言うと、缶詰のみかんを食べて、みかんを語るようなものだと思います。もしくは、イチローを語る際、ニッチローで語ってしまうものです。違うか。

本当は豊潤・フルーティーなのに、苦味や渋みを楽しむものになっている。

本当のコーヒーの味って、果実味が溢れびっくりするくらいフルーティーなんです。もしくは、チョコのように甘味や旨みが豊潤。

しかし、コーヒーは『苦かったり、渋かったりすると旨い』とする謎の文化があります。

例えば、自分でお湯を注ぐタイプのパックドリップコーヒーのパッケージには、こんな注意書きがあります。

【味が薄い場合は、浸しておくと香りや味が濃くなります】

これ、コーヒー的には明らかに間違いなんですが、びっくりするくらい色々なパックドリップコーヒーに書いてあるんですよ。。

浸したとて、香りや味は濃くなりません。しかし確かに、渋みや苦味は出ます。ユーザーニーズには、応えるのでしょう。

お茶は知られてるのに、コーヒーには適応されない。

ちょっとマニアックな話をあえてします。

コーヒーの本来の豆の味を最大限出すためには、様々な要素があります。(下記は一部、豆の種類やクオリティや選別や洗い方などは割愛)

  • 鮮度
  • 煎り方
  • 挽き方
  • 抽出スピード
  • 温度
  • 抽出に適切な量

これらが全てうまくいかないと、味も香りも出ず、薄かったり、ただ苦かったりというコーヒーになってしまいます。

薄いと思って豆を浸しても、最後に出てくるのは大体雑味のみです。はじめから、旨みを好みの濃さで出すように煎れないとダメなんです。

これ、煎茶や紅茶を淹れる時はみんな知っていると思います。茶葉に浸しすぎは苦いし美味しくない、と。

しかし、ことコーヒーとなると、この考え方はびっくりするくらい消え失せるのです。なぜなんでしょうか。

TIPS 豆の保存状態について。

コーヒー豆はかなりデリケートなので、冷蔵・冷凍しないと酸化して鮮度はすぐ落ちます。挽いてあれば表面積が広がりますから、余計鮮度を保つのは困難です。

カルディ等では豆は煎られてからストックされて、店頭もしくはバックヤードに長い時間真空ではない状態で保管されている場合があります。

その場合、どんなにいい豆だとしても、鮮度が低いので苦味、渋みが強くなります。どんなに高級な果物を買っても、保存が悪ければ味は落ちますよね。それと全く同じです。

購入時や保存時は、ちょっと鮮度に気をかけてください。

とはいえ、自分で淹れるのはかなり大変。

僕は、好きな豆を、好きな焙煎で、好きな温度で淹れているのですが、そんな手間をかけて淹れる人は稀有なので語りません。語り出すと、引かれます。笑

しかし最近は特定のスタバでも、スペシャリティコーヒーが飲めたり、駅にハンドドリップのコーヒー店が出来たりしていて、コーヒーの鮮度や淹れ方にこだわり本当のコーヒーの味を追求するという文化はかなり進んできていると思います。

ドリップマニア|ハンドドリップコーヒー

気軽に味と香り高いコーヒーが飲めるので、値段は張りますがぜひ1度試してみてください。(店員や豆の状態で差が出てしまうのが難点ですが…。)

 

あ、あと誤解されると嫌なので補足しますが、缶コーヒーもパックドリップコーヒーも僕はよく飲みます。あくまで本当のコーヒーの味を楽しむ時と手軽に飲む時はTPOなので。あとニッチローも好きです。

みなさんのコーヒーライフがよりリッチになればと思い書いてみました。

それでは、んちゃ。

つまんないの対義語は、詰まる。それを知るだけで、詰まる。

つまらないって言葉に違和感を覚える年頃。

「詰まる」は、考えが行き詰まりまで行く、つまり「納得する」という意味で使われていた言葉。
その後、その対義語として「詰まらない」という言葉ができて、「納得できない→面白くない、価値が低い」と意味も変異していったよう。(まあ、諸説あるのだろうけど。)

 つまらない - 語源由来辞典参照。

しかしながら最近このつまらないという言葉が、まあ安易に使われるようになったなぁと思う次第。

今回は、そんな『つまらない』について書かせてもらうお。

詰まらないは、詰まるところまでやったり考えた後に使う言葉。

詰まらない。あえてこの先は漢字で書かせてもらう。

繰り返しになるが、「詰まらない」とは、納得出来ない、もしくは行き詰まる、もしくは決着しない状態を指す。

果たして僕達は、この詰まらないということばを、詰まるまで行動したり、考えた後に使っているのだろうか。

例えば、「仕事が詰まらない」。

本当に詰まるまで考えてみると、実は詰まらない仕事はそんなにないのではないかと思う。前にも書いたが、今やっている仕事には必ず価値があるし、その価値を上げるためにやることはいくらでもあると思うのだ。

例えば、「夫婦生活が詰まらない」。

奥さんや旦那さんのいいところを再確認したり、楽しもうとしたり、怒らないようにしたり、褒めたり、詰まるようにする工夫はしているのだろうか。

詰まらないと、言わない。

僕は子どもに、詰まらないという言葉をあまり使わないようにしている。

本当に詰まらない時は使うのだが、『自分から詰まらないと積極的に思ってしまう』ことが「勿体ない」と思うからだ。

本当は視点を変えれば、もしくはやり方を変えれば楽しいことなのに、「詰まらない」と決めつけた瞬間に本当に詰まらなくなるのだ。

詰まらないとすぐに言わないようにするだけで、『詰まらないこと』は驚くほど少なくなる。

そもそも、詰まらないことは、そんなに多くない。

ツラツラと書いてきたが、詰まらないことなんてそもそも多くないっつーことがいいてぇんだ。

詰まらなくしているのは、自分自身。

詰まるまで、考えてみよう。

詰まるまで、やってみよう。

あ、うんこは詰めたままにしてはいけないよ。

それでは、んちゃ。

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